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暗渠に滴る悦楽と苦悩の雫。 憂いの天使の秘谷に湧く甘露の泉。 存在の罪に震える器官からの分泌物。 魂の最奥の虚に響く水音を閉じ込めた水琴窟。
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肩に寝かせた散弾銃を十字に担ぎ、陽気なベアたんはタバコを噛んでいた。
「暑いな」
そういって口もとを引き締めると、薄く開けた唇の隙間から茶色に染まった唾液を飛ばした。肩から銃を下ろして、銃口を空に向けて構え直し、旋回する鳶の黒い影を狙うふりをした。
「バン!」
微笑みながら光る綿雲を仰ぎ、眩しげに目を細めた。
シャツの襟に、腋に、汗が染みていた。
「そろそろ昼飯が届くだろう。いいぞ、休憩にしよう。沼から上がって手を洗っとけ」
規則の運用には適度な柔軟さが必要だというのが、陽気なベアたんの持論だった。
十分長くおまえらを泥に浸けておいて、それでどうなる──と。
だから、皆が陽気なベアたんを愛していた。
他のヤツラに比べれば、という程度だが。
いざとなれば十二番口径の散弾銃を自分に向けてぶっ放すことを少しも厭わない相手を、人は心から愛したりするもんじゃない。
──俺を除いては。

沼地の作業に当る班は現場に建てられたバラックに押し込められる。
移動の無駄を省くためだ。
泥だらけになる作業にも係わらず、宿所に俺たち用のシャワーはなかった。
移送車が迎えに来てくれるまでの十日間は、乾いた泥でカピカピのままで寝ろということだ。
陽気なベアたんはこの衛生問題においても大いに融通を利かせてくれた。
日に三人ずつに限られたが、専用のシャワー室を開放してくれたのだ。
当然十二番口径の監視つきだが。
その日は俺が最後の三人目だった。
灰色に固まった服を脱いで、裸になった。
陽気なベアたんは俺をいつでも蜂の巣にできる距離で、椅子に腰掛けていた。
できる限り平静を保つように努めながら、コックをひねった。
ぬるい湯が頭上から降り注いだ。
そのときだ。
「おまえ、ちんこでかいな」
突然の予期していなかった言葉に、瞬時に火がついた。
血流がたちまち海綿体に流れ込んだ。
抑えが利かなかった。
理性は消し飛んでいた。
俺はそのまま、陽気なベアたんに向き直った。
陽気なベアたんは黙っていた。
何もいわず、動かなかった。
ゆったりと椅子に背を凭れたまま、ただ真っ直ぐに俺を見ていた。
俺は固くいきり立ったものに右手を添え、動かした。
ゆっくりと、視線を感じながら、緩く、強く、その先端を視線の元に向けて。
無言のまま、陽気なベアたんは立ち上がった。
シャツのボタンを外し、ジーンズのベルトを緩めた。
日に焼けた逞しい胸の筋肉が汗に光っていた。
はち切れそうな上腕の二頭筋に太い血管が浮いていた。
すべてを脱ぎ捨てて、大股で近づいてきた。
湯が茶色い巻き毛を濡らし、その雫が俺の肩に滴った。
ぶ厚い胸に指先で触れ、掌を置いた。
顫える手を滑らせて胸を撫で、縦に割れた腹筋を撫でた。
視野が狭まり、世界がまわっていた。
鼓動が早まり、息が止まりそうだった。
その息を唇が塞いだ。
大きな両手が俺の肩をつかんだ。
崩れ落ちそうになりながら、俺は陽気なベアたんの胸にしがみついた。
腕が背中にまわされた。
力強く抱き締められた。
陽気なベアたんの舌は噛みタバコの味がした。
長い接吻のあとにようやく抱擁が解かれると、俺はそのまま陽気なベアたんの前に跪いた。
目の前には愛しい肉塊が隆々とそそり立って、注ぎ続けるシャワーの湯に濡れていた。
先端に口づけをして、根元まで舌を這わせた。
そうして頬張った。
包みこんだ。
硬い銃身を喉の奥まで銜えて、引鉄に指を掛けた。

それが最初で最後だった。
次の移送で俺は班を外された。
陽気なベアたんに再び会うことはなかった。


 
 

三月の終わり頃のことだった。
四谷三丁目のイメージフォーラムでヴェルナー・ネケス監督の『ユリシーズ』を観た帰りのことだった。約束の時間に女の家を訪ねると、女は地下室の階段下に素っ裸のまま逆さになって倒れていた。後頭部から血が流れてセミロングの髪をべったりと濡らしていた。
どうするか尋ねると「お願いします」と返事があったので、型通りにキスから始めた。
四十過ぎの痩せた女だった。生白く弛んだ肌が冷んやりと湿っていた。
頬から肩へ、肩から二の腕へと、全身を左手でまさぐっていくと、女は朦朧としながらも切ない声を漏らして手の動きに応えた。濃い陰毛を掻き分けて指を使った。唇と舌も使った。女の陰毛は濃かった。予めシャワーを浴びていないのは約束違反だったが、そんな状況ではなかったのだろうと察しておくことにした。女は眉間に皺を寄せ、固く目を閉じていた。口を大きく開き、息を荒くしていたが、やがて二度、三度、突っ張るように下半身の筋肉を硬直させるとそのまま静かに動かなくなった。
心肺の停止を確かめると、左手と口もとを拭い、持参した黒い布を広げて女の体を覆った。
三呼吸ほど待って布を取り払うと、あとには抜け殻だけが残された。
女の家を出て、閉園間際の新宿御苑に寄った。
満開の桜の下で布を払い、春の空に女の魂を解き放った。


 

ゆめの なかの ベアたんには
ちいさな おちんちんが はえていたよ


 

仔馬たちの肉体の
最も不潔な部分の痕跡をさがして
私は春の夜をさまよい歩く

鬱々として
やり場のない
怒りの発作に襲われながら

コートのポケットに右手を突っこんで
脂に曇ったハンマーの柄と
生勃ちの陰茎を交互にさすりながら

乾いた尿の香りに似た
春の夜の匂いに誘われるまま
欲望の発露の陰惨な過程を思い描きながら

朦朧として私はさまよい歩く
仔馬たちの肉体の
最も不潔な部分の痕跡をさがして

沸騰する体液の疼きを抑えきれぬまま
今にも泣き出してしまいそうな
劣情の惨めな虜となって


 

街道から一本裏手に入った通り沿いの、あばら家のような市営住宅だった。
空家だと思って玄関の引き戸を蹴倒して中に入ったら、住人がいた。
「すみません、すみません! 申し訳ありません!」警察に電話しようとするので必死に言い訳をした。「あんまり寒かったんで、つい。本当にすみません!」
「何いってるんですか、あなた、不法侵入ですよ!」
「空家だと思ったんですよ。夜っぴて歩いて、寒くて、眠くて」
「そんなこと関係ないでしょ、すぐ出て行ってください! とにかく警察呼びますから」
「ちょっと勘弁してくださいよ」
受話器を離そうとしないので腕をつかんだら、女は大きな声を上げた。
「やめてよ、何するんですか!」
面倒なので頬を強く殴りつけた。
女はその場に崩れておとなしくなった。
四十代の半ばくらいだろうか、肌が少し疲れてはいるがマアマアいい女だった。
顔を近づけ、目を覗き込みながら因果を含めた。
「いいか、俺は風の当らない暖かい場所で少し眠りたいだけなんだよ。分かるだろう、同じ人間としてその気持ちは?」
女が何か言おうとしたので引っ叩いた。
女は黙った。
「同じ人間として、俺に屋根のある場所で寝ることを許して欲しいだけなんだよ。権利だとか何とかいうつもりはないよ。ただ思いやりを示して欲しいんだよ。憐れみの心を。困ったときは助け合うのが人間だろ?」そこでもう一発、今度は反対の頬を思い切り張ってやった。「おとなしくしていてくれれば、もうこれ以上乱暴はしない。約束しよう。昼までだ。昼になったら出て行くから、それまで寝させてくれ。いいな。警察に連絡したり、人を呼んだりしないこと。大きな声を出すことは禁止だ。できればずっと黙っていて欲しい。俺が起きるまで外に出ないこと。これだけ守ってくれればいい。分かったな?」返事をしないので、拳を握って見せると、女は黙ってうなずいた。
「よし。じゃあ、服を脱いで裸になって」
女はギョッとした顔をしたが、声は出さなかった。
「そんな顔しなくていいよ。大丈夫、襲ったりしないから。ただ用心のためだから。人を呼んだり、逃げ出したりしないようにさ。分かったら、はい、さっさと脱ぐ!」
女はノロノロと服を脱ぎ始めた。
「よし、そうだ。パンツもだよ。全部脱いで、すっぽんぽんになって。オーケーオーケー。ほお、けっこう毛深いね。いや、いいんだよ、俺、毛深い方が好きだから。って、オラッ! 隠すなよ! よしよし、それでいい。そうしたらゆっくりその場でまわって。うん、きれいだ、きれいだ。じゃあ、いいよ、あとは自由にしてて。寝ててもいいし、テレビ観ててもいいし、好きにしてて。ただし、この部屋から絶対に出ないこと。トイレも我慢できなくなったら、どこか隅っこで済ませておいて。ああ、そこの屑入れを使えばいいな。よし、分かったかな? ハイ、じゃあそういうことで。以上、解散!」
冷蔵庫に入っていたもので適当に食事をして、コタツに入って横になり、目を閉じた。
たちまち深い眠りに落ちた。

乱暴に揺すられて目を覚ました。
手には既に手錠が掛けられていた。
部屋の中には警官がひしめき合っていた。
そりゃそうだよな、と思った。バカじゃなきゃ、警察を呼ぶよな、と。俺だって呼ぶもの。
女は台所で事情を訊かれていた。
当たり前だが、もう服を着ていた。
一発やっておいてもよかったかな、と少し後悔したが、まあでも、やってたら罪状が増えちゃってたなと、これでよかったのだと思うことにした。


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